1.記憶・思考・集中力などの認知機能の変化について
がんやがんの治療に伴って、記憶・思考・集中力などの認知機能(脳の働き)が変化することがあります。具体的な症状は、日常のできごとを思い出せない、考えがまとまらない、集中力が続かない、同時に複数のことができない、作業に時間がかかる、言葉を思い出すのに苦労する、判断力が低下するなどがあります。
これらの症状は、必ず出るというわけではありません。また、症状が出た場合でも、その出方や程度はさまざまです。治療中に症状が出ることもあれば、治療が終わってから症状が出ることもあり、短期間でなくなることもあれば、長く続くこともあります。
がんやがんの治療に伴う認知機能の変化を総称して「がん関連認知機能障害」といいます。「がん関連認知機能障害」は、加齢に伴って起こることが多い認知症(アルツハイマー型認知症、血管性認知症など)とは異なります。
2.原因
がんやがんの治療に伴う認知機能の変化には、さまざまな要因が関係すると考えられています。はっきりとは分かっていませんが、がんそのもの(脳腫瘍や脳転移など)やがんの治療(薬物療法、手術、放射線治療、免疫療法など)、痛み止め・吐き気止めの薬などが原因で、認知機能が変化することがあります。そのうち、がんの治療である薬物療法によって起こる認知機能の変化は、ケモブレインと呼ぶことがあります。
このほか、がんと診断されたことによる気分の落ち込み、不安、ストレスが原因となることもあります。また、不眠や疲労、加齢なども影響することがあり、認知機能の変化はさまざまな要因が組み合わさって起こると考えられています。
3.症状が出たときは
日常のできごとを思い出せない、考えがまとまらない、集中力が続かないといった認知機能の変化を感じたときは、遠慮せず担当医や看護師などの身近な医療者に相談してください。原因を調べるために、診察や検査を行うことがあります。
がんそのものによって認知機能が変化している場合は、症状を確認しながらがんの治療を行います。薬物療法などのがんの治療によって認知機能の変化がみられていると考えられる場合は、治療内容やスケジュールを調整することもあります。
そのほか、原因が明らかな場合は、それに対処する治療を行うことがあります。例えば、抑うつや強い不安により認知機能が変化しているときは、抑うつや不安に対する治療を行います。また、認知機能が完全にもとに戻らないときは、少しでも症状を改善し、生活の中でうまく付き合っていけるようにしていきます。そのために、精神科や緩和ケア科などの専門医が診察を行うこともあります。
4.本人や周りの人ができる工夫
がんやがんの治療によって認知機能が変化した場合に、日常生活を送る上でできる工夫には、以下のようなものがあります。
1)生活リズムを整え、集中できる環境をつくる
毎日なるべく同じリズムで生活するとよいといわれています。夜はしっかり睡眠を取ること、日中も必要なときには休むこと、疲れすぎないことが大切です。
集中力を必要とすることは、一日のうち体調や気分が最もよい時間帯に行うとよいといわれています。また、複数のことを同時にやろうとせず、1つのことに集中するようにしてみてください。人と話をするときは、気が散らない静かな場所がよいでしょう。
2)症状についての記録を付ける
症状や症状が出た時間帯を記録することもよい方法です。使用している薬が認知機能に影響する場合があるため、併せて記録しておくとよいでしょう。客観的に症状を振り返ることで、うまく付き合うためのヒントが見つかるかもしれません。また、医療者にも症状を伝えやすくなります。
例えば以下のことを記録してみましょう。
- どのような症状を感じるか
- 症状は朝起こるのか、夜起こるのか
- 症状はどのようなときに起こるのか(おなかがすいているときや、疲れているときなど)
- 使っている薬はあるか(使っている薬の名前を記載)
3)やることリストを作りメモを取る
やることや買うもの、医療者に質問したいことや誰かに話したいこと、見たい映画や読みたい本などのリストを作り、忘れそうなことはメモを取っておくとよいでしょう。
リストやメモを作るときは、ノートやメモ帳、スケジュール帳、スマートフォンなどを利用すると便利です。予定や大切なことを思い出すための手がかりとして、リストやメモを付箋やカレンダーに書いて壁に貼る、スマートフォンに入力して通知がくるよう設定することも工夫の1つです。
4)運動や頭の体操、リラクセーションを行う
体調が許す範囲で軽い運動をするとよいでしょう。運動は思考力や集中力を高めるといわれています。認知機能の変化の要因であるストレスや疲労の軽減につながることもあります。どのような運動がよいかは、担当医に確認してください。
また、認知機能の変化に対応するには、つらくならない程度にパズルやゲームをする、絵を描く、楽器を演奏するなども、役に立つことがあるといわれています。
5)周りの人に話す・サポートを頼む
認知機能がどのように変化しているかは、自分でも分かりにくいことがあります。日常生活で違和感があるときは、どのようなことが起きているのか、自分がどのように感じているのかを、周りの人に伝えて状況を理解してもらえると、安心できるかもしれません。困っているときに、周りの人が気づいて助けてくれることもあるでしょう。
また、サポートが必要な場面や、どのようなサポートが必要かといったことを、家族や友人、職場の上司や同僚など安心できる相手と話しておくことで、家事や仕事の調整がしやすくなります。必要なときには、遠慮せずサポートをお願いしましょう。
5.こんなときは相談しましょう
日常のできごとを思い出せない、考えがまとまらない、集中力が続かないといった症状があるときや、それらの症状により生活全般に疑問や不安を感じたときは、担当医や看護師などの身近な医療者に相談しましょう。がん相談支援センターに相談することもできます。また、認知機能の変化に関係する症状が急に増えた場合やひどくなった場合、強い頭痛や吐き気・嘔吐がある場合は、すぐに受診してください。
医療者に相談するときは、症状などを記録したノートやメモを持って行くとよいでしょう。家族や友人と一緒に診察を受けることで、症状を伝えやすくなることもあります。また、診察の前は、質問をリスト化しておくと相談しやすくなります。
質問の例には、以下のようなものがあります。
- 私が受けている治療は、記憶・思考・集中力などに影響しますか?
- この症状はどれくらい続きますか?
- この症状を和らげるために何かできることがありますか?
- 記憶や集中力の変化を感じていますが、ソーシャルワーカーやカウンセラーなどに仕事や生活のサポートについて相談できますか?
- 患者会やサロンなどで経験者と話すことはできますか?
6.関連情報
7.参考資料
- American Cancer Societyウェブサイト.Changes in Memory, Thinking, and Focus (Chemo Brain); 2024年(閲覧日2024年10月23日)https://www.cancer.org/
- Cancer Research UKウェブサイト.Cognitive changes (chemo brain); 2023年(閲覧日2024年10月23日)https://www.cancerresearchuk.org/
- National Cancer Instituteウェブサイト.Memory or Concentration Problems and Cancer Treatment; 2023年(閲覧日2024年10月23日)https://www.cancer.gov/
- 谷向 仁編.がんと認知機能障害 気づく,評価する,支援する.2020年,中外医学社.
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